後を絶たない台風のときに「川を見に行く人」にはどんな心理が働いているのか?
相馬市を流れる宇多川の増水で道路がえぐられた(13日撮影) (c)朝日新聞社
(AERA dot.)
甚大な被害をもたらした台風19号。死者77人(警察庁発表、18日15時現在)、行方不明者13人(消防庁発表、18日15時現在)、堤防の決壊は7県71河川128か所(国土交通省発表、18日15時現在)にのぼっており、被害の全容はまだわかっていない。まさに未曽有の災害といえるが、だからこそ、今回の台風報道の端々でも触れられたあるキーワードに関心が集まっている。
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「外の様子を見に行く」「川の様子を見に行く」「田んぼの様子を見に行く」――。今回に限らず、台風のたびにこうした言葉を残して亡くなったり、被害にあったりする人が後を絶たない。
茨城県常陸大宮市では、71歳の男性が12日夜、近くの沢の様子を見に行ったまま行方不明になった。特に今回の台風の場合、上陸前から盛んに注意喚起がなされていたにも関わらず、こうした悲劇が起きてしまうのは何故なのか、本人や周囲の人間はどのような心構えを持つべきなのか、兵庫県立大学で災害時の人間心理や行動を研究する木村玲欧教授に話を聞いた。
■「これまでの常識は通用しない」
「外(や川、田んぼ)の様子を見に行く」といっても大きくふたつのパターンが存在する、と木村教授は語る。「ひとつは単純にどのような被害がでているか知りたくなり、出かけてしまうケース。もうひとつは仕事として外出せざるを得ないケースです」
前者の行動をとる人の心理には「少しだけなら大丈夫だろう」「自分は大丈夫なはずだ」「ニュースで言われていることが自分に起こるはずはない」という楽観がある。これは専門用語で「正常性バイアス(正常化の偏見)」と呼ばれ、自然災害や事件など、自分にも被害が予想される状況に直面しても、それを普段の生活の延長として捉え、リスクを過小評価してしまう。実のところ、正常性バイアスがあることで、人はちょっとやそっとの環境変化にも耐えることができ、様々な自然環境・社会環境に適応することができる場合もあるのだが、災害時には被害に巻き込まれたり、逃げ遅れたりする原因にもなる。
木村教授が強調するのは、地球温暖化の影響で近年の台風は非常に強力になっており、今回のような台風がこれからも頻繁に襲来する可能性が高いこと、ゆえに経験則からの「自分は大丈夫だろう」という思い込みは持つべきではないということだ。
「これまでの常識は通用しない、という意識を強く持ってください。『自然環境は変わった』と認識し、自分たちの行動を変えていかなければなりません。台風後、被災地に赴いた際、『50年に一度の大雨といわれている。ならば今後の50年は大丈夫なのではないか』という地元の人々の声をたびたび耳にしました。しかし今の時代、毎年のように今回のような台風が来てもおかしくはないのです」
こうした正常性バイアスは人間の本能のようなもので、自分でそれを認識して、行動を改めるのは簡単なことではない。だからこそ、家族や町内会など、周囲の人々で声を掛け合う体制や習慣を築いていくのが重要になるという。台風の際に外出するという人を見かけたら、決して楽観せず、強く制止してほしい。
■災害を「わがこと(我が事)」化する大切さ
もうひとつの「仕事として外出せざるを得ないケース」はむずかしい問題だ。
台風19号が上陸した10月中旬は農作物の収穫を控えた地域も多かった。田んぼの水量の調整や防風ネットの様子を見るために外出した農業関係者は少なからず存在しただろう。
茨城県つくば市の農家の男性(44)は「居てもたってもいられなくて大雨のなか田んぼを見に行った。危険であることも、行っても何も変わらないことも承知していたが、体が動いてしまった」とAERA dot.の取材に答えた。
木村教授は語る。「多くの場合、そうした方々は使命感に駆られて行動しています。使命感を抱いていると身の安全について正常な判断がしづらいほか、周囲の人々も止めづらい。しかし、命の方が大事であることを改めて思い出してください」
外の様子が気になる、被害が心配である、という心情を責めることはできない。ひとつの代替案はウェブカメラを活用することだ。多くの河川敷にはカメラが設置され、河川の状況をライブで公開している。田んぼや農地などの私的な土地であっても現在では安価に取り付け、自宅で監視することができる。事実、木村教授が行った聞き取りでも、こうしたライブ映像を見ることで外出をあきらめることができた、という声が聞かれたという。
災害から命を守るためには、災害の「わがこと(我が事)」化が肝要といわれる。報じられる被害が自分にいつ降りかかってもおかしくないという認識をもつことだ。そのためには大手メディアだけでなく、SNSや気象庁のサイト、都道府県などが提供するアプリ等、さまざまなソースから情報を取得する習慣を、住民一人ひとりがもつことだという。
大手メディアが提供する情報は最大公約数的なものになりがちで、どうしても自分の住む地域単位で実際に何が起こっているのか、それが自分たちのどのような被害や影響をもたらすのかという「わがこと意識」が生じづらい。多角的に情報を集めることが正確な現状把握につながり、そこからわがこと意識が育まれる。そうすれば台風の際、「様子を見に行きたい」と思っても、リスクを正しく見つめなおす余地が生まれるはずだ。(小神野真弘)
○木村玲欧(きむら・れお)/兵庫県立大学環境人間学部・大学院環境人間学研究科教授。防災心理学を専門とし、災害時の人間心理・行動、防災教育・地域防災力向上手法などを研究。『災害・防災の心理学−教訓を未来につなぐ防災教育の最前線』(北樹出版)など著書多数。
https://news.goo.ne.jp/article/
dot/life/dot-2019101900015.html
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