【広角レンズ】昭和の大衆小説が再ブレーク 獅子文六、源氏鶏太… 胸に響く明るさと連帯感
平成の終わりが迫る中、獅子文六や源氏鶏太といった昭和の中頃にかけて活躍した大衆小説作家の人気が再燃している。長らく入手困難だった作品が相次ぎ文庫で復刊され、増刷する例も珍しくない。軽妙洒脱(しゃだつ)でユーモア精神あふれる物語が多くて、読後感は明るく爽やか。忘れられていた名作が、なぜ今ウケているのか。(海老沢類)
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今、“昭和”が新しい!面白い!−。昨年11月に刊行された『家庭の事情』(ちくま文庫)の帯にはそんな宣伝文句が踊る。
ユーモアと悲哀がにじむサラリーマン小説で知られた源氏鶏太(1912〜85年)が昭和36年に発表した家庭小説。定年を迎えた父親が退職金などで手にした大金を5人の娘と等分したことで巻き起こる悲喜劇が、軽妙なタッチでつづられる。何度か映像化もされたが、文庫ではほとんど入手できない状態だった。
「会話の多い文章はリズムが良くてすいすい読めるし、描かれる男女の恋愛や家族の問題は普遍的。今読んでも古びない面白さがあると思った」と筑摩書房の担当編集者、窪(くぼ)拓哉さんは話す。
◆若い層 新鮮
ちくま文庫は一昨年から源氏作品の刊行を始めており、これが3冊目になる。幾多の困難にもめげず健気(けなげ)に生きる女性を描いた日本版シンデレラストーリー『青空娘』(昭和41年)は、主に40代の女性に好評で重版がかかった。
半世紀も前の大衆小説が注目されるきっかけは、昭和を代表する流行作家、獅子文六(1893〜1969年)のブームだ。
ちくま文庫は平成25年4月に、獅子の知る人ぞ知るユーモア恋愛小説『コーヒーと恋愛』(昭和38年)を復刊。ツイッターなどで評判を呼び、7万9千部のヒットに。以降、ポップな表紙イラストなどを配して獅子作品10点を新たに文庫化しており、累計部数は20万部を超えている。3月にはオリジナル編集の短編集2冊を新たに出す。中公文庫や河出文庫なども追随しており、昨年夏には、初期の代表作『悦ちゃん』をNHKがドラマ化した。
明治生まれのハイカラなおばあさんが家族の厄介事の解決に奔走する『おばあさん』など、昨年8月に獅子作品2作を文庫化した朝日新聞出版の牧野輝也さんは「いい意味で深刻さがなく、軽妙で明るい。かつては『時代遅れ』とされたモダンなカタカナの使い方や感性も、ひと回りして今の若い読者には新鮮に映っているのでは」とみる。
一方、光文社時代小説文庫が昨年6月に刊行したのは、映画や演劇界でも活躍した川口松太郎(1899〜1985年)の作品集『鶴八鶴次郎』。昭和10年の第1回直木賞受賞作など3編を収める。表題作では女の三味線弾きと男の太夫という名コンビの姿が人情味たっぷりにつづられ、芸道の華やかさと厳しさが伝わる。
「演劇の世界にいた作家だけあって、小物や音の使い方が非常に巧み。物語の内容には『未来を幸せなものにしたい』という明るい意志を感じる」と光文社の担当編集者、高林功さんは話す。読者の評判は上々で、大正期の東京下町を舞台にした『人情馬鹿物語』の刊行も決まっているという。
◆単純さの妙
昭和初期から高度成長期に書かれたこれらの小説は展開が起伏に富み、単純な勧善懲悪話も少なくない。ただその分かりやすさも手伝って何度も映像化され、人々に広く親しまれた。
作家で書評家の印南敦史さんは、一連の人気に閉塞(へいそく)する現代を生きる人々の心の渇きをみる。
「困ったときにちょうど助ける人が現れる…なんて都合の良い展開も多いけれど、ネット全盛時代では得にくい人間的なふれ合いや連帯感が明るく、おおらかに描かれている。忘れかけていたことを思い出させてくれるようで、読みながら心底ほっとするんだと思います」
https://news.goo.ne.jp/article/
sankei/life/sankei-lif1801290017.html
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