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鬼は鬼を持って封印すべし、晴明神社

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 平安時代、人々の生活を脅かす天災や疫病などを、恨みを残して死んだ人の「怨霊」が起こしているものとみなし、この魂を鎮めて「御霊」とすることで平穏と繁栄を願う「御霊信仰」が盛んだった。

 当時は貴族たちの権力争いが盛ん。自らの権力を高めるために権謀術数を使い、密かに政敵を追い落とすことなど日常茶飯事であった。そのため、貴族たちは自身の手を汚さずに相手を消す手段として呪詛を用いようと考えたのである。

 もちろん、自分と同じことを相手も考えているだろうということで、同時に呪詛から身を守る方法も考えなくてはならなかった。そこで呪詛や占術のスペシャリスト・陰陽師の助言を仰ぐようになったのである。なお、陰陽師はもともと宮中で祭祀等を行う文官の一種だった。

 さて、そんな陰陽師の中にひときわ強い力を持った人物が登場する。式神を操り、占術で吉凶を判断し未来をも見通したという別格の陰陽師、安倍晴明である。彼は幼い頃から鬼が見えるなど優れた才能を持っていた。成人してからも式神による呪詛を見破るなどの活躍を見せ、惨殺された父親を生き返らせたとも言われている。

 晴明が1005年に亡くなった時、一条天皇は彼を稲荷神の生まれ変わりであるとして、その屋敷跡に晴明自身を祀(まつ)る社を建立した。これが現在、京都市上京区にある晴明神社である。あまりに強大かつ特異な力を持っていたため神格化されたのだが、この神社がひとつの封印ではないかと見る説もある。

 なぜならこの神社そのものが晴明の自宅であり、その近くには晴明が父を生き返らせたところもある。同時代、武士渡辺綱が鬼から変化した女性と出会った場所でもある一条戻り橋があるからだ。

 もしかすると、この場所そのものが結界であり、鬼と縁の深い場所だったのかもしれない。だからこそ、霊力の強い人物が監視する必要があり、死んだ後も封印のためにこの地にとどめておく必要があったのかもしれない。

(山口敏太郎)

https://npn.co.jp/article/detail/20452640/

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成人式が1月の中旬に行なわれるワケ

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 1月の恒例行事といえば成人式。現在は1月の第2週の月曜日に移動しているが、かつては1月15日の祝日に行われていた。毎年、暴れる20歳などの姿がニュース番組で報じられ、「成人式不要論」なども唱えられる。

 そもそも、成人式はなぜ1月に行うのだろうか。年末年始は帰省する人は多いだろうが、成人式の時期にはすでに会社や学校が始まっている。そうして見ると、決して理にかなっているわけではない。さらに、冬場の東北や北海道地方などは、深い雪に覆われるところもあり、動きづらい。そのため、成人式は地方によっては8月の夏場に行うところもあるようだ。

 だが、成人式の1月開催にはしっかりと伝統文化にもとづいた理由が存在する。成人式のルーツとなるものは、日本で奈良時代から行われてきた元服(げんぷく)という儀式である。数え歳で12歳から16歳になった男子に対して、髪型を大人のスタイルにするほか、大人の服装や、幼名から大人の名前への切り替えなどが行われた。当初は貴族の間のみで行われていたが、室町時代に入ると民間にも普及し始める。元服の年齢にも幅が生まれ、中には5歳や6歳で元服を迎えるところもあったようである。当時の人間は、今よりも精神年齢はプラス10歳くらいはあるだろう。とはいっても、早すぎる印象も受けなくはない。

 対して、女子はどうであったのか。女子版の元服は当初は裳着(もぎ)と呼ばれ、平安時代から安土桃山時代にかけて行われた。対象年齢は初潮を迎えた10代前半の人間であり、以降は成人扱いとなり結婚も許された。江戸時代に入ると、男子に同じくこちらも元服と呼ばれるようになり、対象年齢は18歳から20歳ごろとされた。儀式では地味な着物を着て、髪型を整えるほか、厚化粧やお歯黒、眉毛を抜く剃るなどして整える引眉なる儀式も行われていた。現在ならばメイクアップに該当するだろう。

 これらの儀式が行われたのが、小正月である1月15日であったため、成人の日のルーツとなったのだ。

https://npn.co.jp/article/detail/17868424/

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いわくつきの「怖い神社」ベスト3

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提供:週刊実話

★吉原神社(台東区千束)
 東京・千束の吉原神社は、その名の通り吉原にある。江戸時代に一大遊郭として知られた吉原で働く遊女たちを、慰める神社として知られていた。いまでも周辺にはたくさんのソープランドが並び、夜になるほど賑わう界隈だが、そんな吉原神社のそばに観音像が建っている一角がある。ここにはかつて、弁天池という池があった。

 時は1923年9月1日。東京中を焼け野原にした関東大震災は、ここ吉原も襲った。逃げ惑う遊女たち。しかし当時の吉原は、大きな堀に囲まれ、吉原大門という門だけが出入り口となっていた。苦界から脱出しようとする遊女たちを阻む、一種の牢獄だったのだ。その唯一の門は閉められ、火災の中、逃げ場を失った遊女たちは次々に弁天池に飛び込んだのだ。その池で溺れる者、背を焼く火勢に晒される者……阿鼻叫喚の地獄の中で、490人もの遊女が命を落とした。親に売られて夜の道に入り、つらい仕事に身をやつした末の悲劇だった。いまでも当時の遊郭が寄進した慰霊碑などが佇む。そして東京屈指の心霊スポットともなっている。弁天池はもう埋め立てられているが、うち一部だけが鯉の泳ぐ小さな池として残されており、暗い水底を覗かせている。

★貴船神社(京都府左京区)
 京都でもとくに有名な神社で、1600年以上にわたる歴史を持つとされる古社だ。全国に450ほどある貴船神社の総本社でもある。そんな貴船神社の敷地のずっと奥、700メートルほど入った深い山林の中には、奥宮が佇んでいる。この木々をよく見てみれば、不自然に開いた、いくつもの小さな穴があることがわかる。これらは釘を打ち込んだ跡なのである。

 貴船神社は、かの「丑の刻参り」の舞台として選ばれることが多かったという。憎い相手の髪の毛や爪などを潜ませた藁人形を、五寸釘で神社にあるご神木に打ちつけ、呪いにかけるというものだ。丑の刻(午前1~3時)に決行されることから丑の刻参りと呼ばれるこの呪殺法のメッカとして、貴船神社は江戸時代、有名になっていたのだ。現在でも時おり、思いつめた顔をした者が、ひそかに藁人形と五寸釘を持って訪れることがあるとか……。

★淡嶋神社(和歌山市加太)
 和歌山県にある淡嶋神社は、女性を守ってくれるご利益があるといわれている。全国におよそ1000ほどある淡嶋神社の総本社だ。祀られている神の一柱に淡嶋さまがいるが、こちらは女性神で、婦人病に悩んでいたという。その伝説がもとで、婦人病快癒、安産や子宝など女性のための神社となっていった。

 そして、本文でも紹介した「雛流し」の儀式が、いまでも行なわれている数少ない神社でもある。無数の人形が船に積まれて沖合いに流されていく様子は、太古の昔の姿を連想させ、幻想的でもあり、恐ろしげでもある。この行事がもとになって、人形供養も行なわれている。境内にはさまざまな人形がびっしりと並べられ、実に不気味だ。その中には、髪が伸びるという日本人形も混じっているのだとか。和歌山でも知られた心霊スポットともなっているのだ。

https://npn.co.jp/article/detail/64524514/

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知らないと恐ろしい神社のしきたり★金集めに奔走する有名神社の銭ゲバぶり

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提供:週刊実話

 現在、神社界は硬直した「カースト制度」に支配されているといわれている。およそ8万8000もあるという神社は、その呼び名によって「社格」と呼ばれる、いわゆるランクづけされている。トップに君臨するのは○○神宮と呼ばれるもの。さらに○○宮、○○大社、○○神社と続く。また1000年以上も前の平安時代に成立した法律集である「延喜式(えんぎしき)」に記載のある神社こそが由緒正しくステータスが上なのだ、という考え方もいまだに根強い。そして神社で働く神職たちも、宮司(ぐうじ)、権宮司(ごんぐうじ)、禰宜(ねぎ)、権禰宜(ごんねぎ)といった階級にわけられている。

 これらを統括し、ときに神社内の人事にまで介入してくるのが、神社本庁である。その神社本庁は、政権中枢と強く結びついている。これら神社界のトップ、別格といわれる伊勢神宮では、2013年に「式年遷宮(しきねんせんぐう)」という儀式が行なわれた。敷地内の社殿や設備などの大規模なリニューアルをしたのだが、その費用は550億円にも上ったという。その大半は伊勢神宮のお札をさながらパーティー券のように販売することで賄われた。

 前述したように、もともと神社には決まった建物がなかった。儀式のときだけ簡素な社殿をつくり、終わると撤去していたという。建物はあくまで仮設に過ぎず、祀るのは神そのものである、という日本人の考え方がそこにはある。そんな時代の名残をとどめる儀式が式年遷宮である。大手の有名神社では数十年に一度、巨額の予算をかけて行なわれるのだが、これが金集めイベントであり、政治的なショーとなっていると指摘する声も高い。

https://npn.co.jp/article/detail/29336221/

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知らないと恐ろしい神社のしきたり ★雛祭りの人形は悪霊がとり憑く形代

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提供:週刊実話

 禁足地を持つ神社はほかにも多い。奈良県の石上(いそのかみ)神宮や、兵庫県の出石(いずし)神社の敷地内には「神が住まう」とされ一切の立ち入りを禁じられた不思議な空間が広がっているのだ。また、あまり知られていないことだが、富士山の8合目以降は、富士山本宮浅間大社の領域とされる。頂上には奥宮が建立されている。富士山そのものが神社であるのだ。そして噴火口は「幽院」と呼ばれ、やはり禁足地。

 「入ってはならない」だけでなく「見てはならない」というタブーもある。神社に参拝するとき、人は拝殿のさらに奥、本殿に祀られている「ご神体」に対して手を合わせる。ではご神体とはなんなのか。これはいっさい公開されていない。一説によれば、剣や鏡、宝石などといわれるが、見ることは許されていない。そもそも本殿には一般の参拝客は入ることもできない。強引に本殿に立ち入って、ご神体を暴いた人間が謎の死を遂げたという伝承も、各地に残されているのだ。

 神社で行なわれる季節ごとの晴れやかなイベントの影にも、陰惨な話は隠されている。いまでこそ女の子の節句として親しまれている雛祭りだが、もともと雛人形とは悪霊がとり憑く形代(かたしろ)だった。我が娘を襲おうとする病苦や災厄を、代わりに雛人形にうつして受け止めてもらう、という風習がもとになっているのだ。そして雛祭りの日は、1年間ずっと穢れや厄を負ってきた雛人形を河や海に流し、あるいは神社でお炊き上げをしたという。そして新しい形代、人形をまた神社で授かるのだ。雛祭りのもとになっているのは、当時の子供の死亡率の高さだ。医療が発達していなかった時代、子供たちはちょっとした病気や怪我であっけなく死んでいった。だからこそ親たちは神社で神に祈り、災いから守ってくれるよう祈った。そして無事に7歳になったら、やはり神社で七五三の儀式を行なった。ここまで育てば抵抗力もつき、ひと安心という年齢なのだ。神社は恐ろしい災厄と戦い、真剣に祈願する場として、日本人の生活に密着してきたのだ。

https://npn.co.jp/article/detail/34236259/

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