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「ソーシャルディスタンス」という“言葉の使い方”は大丈夫? 大学生が見つけた「人文学の抗議」に広がる共感

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神戸大の大学生が投稿した「フィジカルディスタンスの確保」を呼び掛ける張り紙(提供写真)

「フィジカルディスタンスの確保にご協力ください」――そんな張り紙の写真とともに「『ソーシャルディスタンス』という言葉に対する人文学の抗議を感じる」などとつぶやいた大学生の投稿がツイッターで共感を呼びました。

「ソーシャルディスタンス(社会的距離)は違和感があった」
「物理的に距離あけてねって意味なのになんでソーシャル?ってずっと疑問だった」
「うちもフィジカルディスタンス(物理的距離)の方がいいと思う」…。

コロナ禍で感染予防を目的に人と人の間に十分な距離を保つ際に使われていた「ソーシャルディスタンス」ですが、より適切な表現として「フィジカルディスタンス」に言い換えるよう、世界保健機関(WHO)が5月ごろから推奨してきたはずですが…いまだにツイッターなどで話題になってしまうほど、日本では「フィジカルディスタンス」という言葉が浸透していないのでしょうか? その背景を探るため、ツイートをされた神戸大学文学部3年生の松浦信さんに投稿しようと思った理由などについてお話を伺いました。

「ソーシャルディスタンス」は他者との心理的距離をとるという意味
そもそも2メートル以上の対人距離を呼び掛ける「ソーシャルディスタンス」が「フィジカルディスタンス」に言い換えるようになったのは、「ソーシャルディスタンス」という言葉が他者との心理的距離を意味しており、「人とのつながりが希薄になり、社会的孤立が生じる恐れがある」ことからだとか。確かに「フィジカルディスタンス」という言い回しの方が物理的・身体的に一定の距離を保つという意味ですので、感染予防を目的とするならば適切な表現だといわれるのもうなずけます。

今回投稿された「フィジカルディスタンス」を呼び掛ける張り紙は、松浦さんが通う神戸大学文学部の教室内で発見。松浦さんによると、コロナ禍のため進級した4月から9月ごろまで在宅でのオンライン授業だったため、10月から対面授業が始まった際、教室に貼られていたことに初めて気付いたといいます。

――この張り紙をご覧になって、思わずツイートした理由は?

「今だに周りでもソーシャルディスタンスという人の方が多いと感じます。対面授業が始まって『フィジカルディスタンス』と呼び掛ける張り紙をたまたま目にしまして。学部側の意図はよく分かりませんが、今や見慣れた『ソーシャルディスタンス』という言葉を用いるのではなく、あえて『フィジカルディスタンス』と表記することによって、学術的にも日常的にも言葉の意味を問い直そう、かつ問い直させよう、という学部側の挑戦的な精神が感じられ、思わず『いいな』と思って投稿したんです」

本来は「ソーシャルディスタンシング」だったのに…
――なるほど。今だに日本人が「ソーシャルディスタンス」と言っていることに対して、「フィジカルディスタンス」と表記した学部側が一石を投じているように感じたわけですね。

「そうです。実は5月ごろ、社会学の授業でも『なぜソーシャルディスタンスというのか』といった課題が出たんです。そのときに詳しく調べまして、海外ではもともと公衆衛生学において“social distancing(ソーシャルディスタンシング)”という言葉が他者との物理的接触を避けるという意味で使われてきたらしく。それとは別に、社会心理学においては他者との心理的距離という意味で“social distance(ソーシャルディスタンス)”を使っていたようです。

今回のコロナ禍では『人との距離を取る』際に使う言葉として日本で浸透したのは、『ソーシャルディスタンス』の方でした。本来の意味では『ソーシャルディスタンシング』なのですが…響きが馴染まなかったのでしょうか」

――確かに「ソーシャルディスタンス」の方が言いやすいかもしれませんね。あらためて言葉の意味を考えると、「フィジカルディスタンス」と使う方が正しいのかもしれませんが…。

「とはいっても、『ソーシャルディスタンス』の言葉のせいで、人と心理的な距離を感じてしまうとか、孤立感を覚えるということは全くありませんでした。コロナ禍で友だちと実際に会えなくても、電話やSNSなどいつでもつながれる手段はたくさんあります。今回の投稿も『フィジカルディスタンス』が絶対正しいと思ったからではありません。ただ、『ソーシャルディスタンス』を使うにしても『フィジカルディスタンス』と呼び掛けたとしても、言葉の本来の意味や概念などについて深く考えてみんなで議論したいという思いが根底にありました。これからも、そんな議論できる自由な社会であってほしいなと思っています」

(まいどなニュース特約・渡辺 晴子)

まいどなニュース

https://news.livedoor.com/article/detail/19076330/

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東日本で「おにぎりせんべい」はレアって本当? 気になる噂の真相を、メーカーに聞いてみた

みなさんは「おにぎりせんべい」をご存じだろうか。

一口サイズのおにぎり型せんべいで、一番ベーシックなのはしょうゆ味。せんべいには小さくカットされた海苔が散りばめられている。

しかしこの「おにぎりせんべい」、どこにでも売っているように見えて、実は東日本ではあまり知られていない――そんな話がツイッターで話題になっている。

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「おにぎりせんべい」知ってる?(画像はマスヤ提供)

発端となったツイートは、「おにぎりせんべい」を製造・販売するマスヤ(三重県伊勢市)の公式サイトに載っている「商品に関するQ&A」の一つを紹介。その内容は、以下のようなものだ。

Q:熊本に住んでいましたが、横浜に引越しました。関東での販売先を教えて下さい。
A:静岡以西(九州まで)の地区では大部分のスーパー・コンビニ様で取り扱っていただいておりますが、関東地区でお買い求めになられる皆様には大変ご迷惑をおかけしております。少しでもお買い求めやすくなるように現在ガンバっていますので、これからもよろしくお願い致します。

マスヤからの回答には、関東・長野・山梨での主な販売先が載った、ページのリンクが添えられている。こんな問い合わせが来るほど、東日本での販売は少ないのだろうか...。

試しに筆者が秋田出身の知人に聞いてみると、「おにぎりせんべい?知らないです...」との返答。

ツイッターでは、話題になった投稿に対し、

「知らなかった 全国区じゃないんだ」
「たしかに!東京で見かけないです」
「東京生まれ東京育ちですが知りません」
「子供の頃好きで食べてたのに、東北に越してきたらめっきり見なくなりました...」

といったコメントが見られる一方で、

「東京住みですけど、普通のスーパーやコンビニで売っていますよ!」
「お?北関東、栃木ではわりとスーパーでも見かける」

との声も寄せられている。

「おにぎりせんべい」の全国での知名度は、実際のところどれくらいなのだろうか。

「関東では限られたスーパーのみ」
マスヤの公式サイトによると「おにぎりせんべい」は1969年に発売。当時のせんべいは丸や四角が主流だったが、「三角のおせんべいがあってもいいじゃないか」ということで三角の形になった。

現在では、しょうゆ、わさび、銀しゃりといった複数の味が販売されている。

Jタウンネットは2020年10月13日、マスヤ営業本部チームの担当者に「おにぎりせんべい」について詳しい話を聞いた。

担当者によれば、最もベーシックな「しょうゆ」味は全国で販売している。ただ、販売店舗数は地域によって差があるようで、

「西日本、特に東海・近畿ではどこのスーパーでも売っています。しかし関東では限られたスーパーでしか販売していないのが現状です。東北なんかは一番入ってないかもしれません」

と話している。

マスヤおにぎりせんべいの公式ファンクラブサイト「おにぎり倶楽部」には、全国の知名度を示した「47都道府県おにぎりせんべい知名度調査」が掲載されている。調査期間は11年10月~12年9月、各都道府県で100人ずつに聞いたという。

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東西で知名度に差(画像はおにぎり倶楽部より)

結果は一目瞭然。おにぎりせんべいの知名度を表す「認知度指数」は、北海道・東北地方が明らかに他地域より低い。宮城は53%と半数を超えているが、岩手は21%、青森、秋田、山形、福島に至っては10%台だ。

首都圏は東京56%、神奈川59%、埼玉55%と約半数程度。マスヤの本社がある三重や、愛知、静岡、滋賀、大阪、兵庫、岡山、広島、山口、香川、熊本、鹿児島が100%になっているのを踏まえると、東西で知名度に差があるのは明らかだ。

担当者は、ツイッターで話題になっていることについて、

「話題にしていただいて、盛り上げていただくのは非常にありがたいです。東日本の方々も、まったく売ってないわけではないので、ぜひ見つけて買っていただければと思います」

と話している。

Jタウンネット

https://news.livedoor.com/article/detail/19062784/

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【新型コロナ】重篤な肺炎でも放置された男性の告白 「保健所への恨みは消えません」

“死ぬかもしれない。助けてください“。悲痛な叫び声に対して、返ってくる言葉は“耐えてください”のみ。病床からのSOSが届かないのだ。こんな異常事態がこの社会で起きると、誰が想像したであろうか。

 新型コロナウイルスに感染。「重篤な肺炎」と診断されながらも、入院することなしに、独りで闘い抜いた男性がいる。

 ***

 港区在住の会社経営者・別府達哉さん(42・仮名)が体に異変を感じたのは、3月20日のことであった。

「仕事から帰ると熱っぽさを感じて。最初は風邪をひいてしまったくらいに考えていました。しかし、翌日も、翌々日も熱は下がりません。測ってみると38・5分もある。周囲に相談すると『コロナかもしれないから、早くPCR検査をした方がいい』と言われました」


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1カ月におよんだ闘病生活(※写真はイメージ)
 
新型コロナへの感染が疑われた場合、真っ先にすべきことは、最寄りの保健所の「帰国者・接触者センター」への連絡である。

 彼もインターネットでそれを確かめ、3月23日頃、まず「みなと保健所」の窓口に電話を入れたという。

「電話口に出た担当者はつれない対応でした。『その程度の症状では厚生労働省が定めた基準に達していませんので、検査は受けられません。自宅で様子をみてください』と。咳などの肺炎を疑われるような症状がないとダメだというのです。もっとも、その頃は自分でも間違いなくコロナだと思っていたわけではありません。ただ、万一陽性だったら周囲に迷惑をかけてしまう不安があった。何とかならないかと食い下がったのですが、取りつく島もありませんでした」

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別府さんの診断書
 
仕方なく自宅で療養を続けたが、熱は4日、5日たっても下がらない。

「熱にうなされ、もうろうとして、食事どころか水を飲むのもしんどい状況が続きました。こんなに高熱が続くなんて生まれて初めてのことでした。私は糖尿病の持病を持っています。報道では持病を持っている感染者は症状が悪化し、死に至るとも言われていました。そこで、連日、保健所に電話を入れ、持病についても明かしたのですが、『自宅で療養を続けてください』の一点張りです。彼らは医師でもないので、マニュアル通りにしか対応してくれないのです。病院にも行こうと考えましたが、知人は『風邪と診断されて帰らされるから意味ない』という。ネットには『解熱剤を飲むと死亡するケースがある』とも書いてあったので薬にも頼れず、ひたすら自宅で熱が下がるのを待ちました」

 地獄のような1週間が過ぎると、ようやく熱が37度台まで下がった。だが、ほっとするのも束の間、新たな症状が出始めた。咳である。

「徐々に始まり、やがて息を吸うだけでむせ返るようになるくらいに。それが四六時中続くのです。苦しいなんてもんじゃないです。その時はもう本気で死ぬかもしれないと思いました。だから藁にもすがる思いで、2、3日あけていた保健所への連絡を再開したのです。咳の症状について話すと、初めて担当者がちゃんと話を聞いてくれるようになりました」

5万円払えますか?
 だが、担当者はあいも変わらず検査に後ろ向きな発言を繰り返したという。

「『PCR検査を受けるには、病院に行ってCT検査を受けて肺炎と診断されなければいけません。CT検査を受けて、もしコロナでなかった場合、実費の5万円かかってしまいますが大丈夫ですか』と、言われました。こっちは死ぬかもしれないと思っているのに、お金の話をするなんておかしくありませんか。じゃあ、お金に困窮している人はどうすればよいのでしょうか。幸い私は金銭的には余裕があるので、5万円くらいなんとでもなります。実費でも構いませんと答えました」

 ちょうどその頃、別府さんの周囲でも変化が起きていた。別府さんが3月上旬に、食事をしていた友人の一人が陽性と診断されていたのだ。

「その人の名前を出して、確認してもらってから、ようやく話が前に進み始めました。連日のように電話し続けていたので、何度目の電話だったかはもはや覚えていません。保健所から指定された病院に行けたのは、4月7日のこと。発症してからすでに17日も経っていました。CTを撮ると、やはり肺に影があって、肺炎と診断。かかった費用は、結局、保険が適用されて約7000円でした。ただ、そこからすぐPCR検査をしてもらったわけではありません。一度家に帰され、病院から保健所に連絡が行き、保健所から翌日、指定する検査場に来るように言われてようやく検査なんです。こんな感じですべてが緩慢でした。結局、検査結果の郵便が届いたのも10日のことでした」

 画像の診断書をご覧いただきたい。疫病名は「新型コロナウイルス感染症」。問題は下段の症状の記述だ。「咳、重篤な肺炎」とある。別府さんが咳き込むようになったのは4月初めである。そこから重篤な症状に悪化するまでの間、適切な医療を受けられないまま10日も放置されたことになる。

入院はできません
 これなら、即入院となると誰もが思うであろう。だが、事はそうは進まないのだ。

「担当者からは、今度も『いまは優先すべき重傷者が多くて病院のベッドに空きがありません。自宅で療養を続けてください』と言われました。もう、耳を疑いましたね。『ちょっと待ってください。重篤な肺炎と書いてあるじゃないですか。しかも、私には糖尿病という持病もあるんですよ』。けど、いくら訴えても、覆ることはありませんでした。保健所の人は電話の様子から、軽症と判断しているんです。確かにその頃、咳は一時期に比べて落ち着いていました。しかし、ほかに胸の痛みも出てきました。おそらく、激しく咳をし続けた影響だと思いますが、それだって、素人の私が勝手に思っていることです。自分の体がいまどういう状態で、どうなっていくかなんて患者本人に、保健所の人にもわかるわけないじゃないですか。でも、電話で何度入院させて欲しいと訴えても、“耐えてください“と言われるだけでした」

 別府さんはマンションに独り暮らしだった。家族は地方にいる。

 4月10日の時点では、軽症者は自宅か都が借り上げた宿泊施設のいずれかで隔離する方針だったが、保健所は自宅を強く勧めてきたという。

「ホテルは自宅と変わらないと言うんです。『ホテルには医療設備があるわけではなく、看護師が詰めていて毎日体温を測るだけ。むしろ自由がきかないから別府さんのように家族と同居していない場合は、自宅の方がいいと思いますよ』と。そう言われると、自宅の方がいいと誰だって思いますよね。ただ、独りだと、病状が急変した時にどうすればよいかという不安がありました。保健所からは、いざという時、救急車を呼ぶための緊急連絡先を教えられましたが、咳で呼吸困難になって自力で電話できない状況になる可能性だってあるでしょう。家族には朝9時と夕方4時、そして寝る前の1日3回、電話をかけてもらうよう頼みました。もし自分と連絡が取れなくなったら119番してほしい、と。不用心だとは思いますが、救急隊員が駆けつけた時のために玄関のドアは開けっ放しにしておきました」

埼玉の男性が死んだ
 自宅隔離生活が始まってから2週間。4月22日、別府さんの不安が的中するニュースが流れた。埼玉県で、別府さんと同じように自宅療養中だった50代の感染者が、容体が急変し、死亡していたことが明らかになったのだ。

 翌日、加藤勝信厚労相は、これまで自宅療養していた感染者を宿泊施設に移す方針に切り替えると発表。すると、保健所の対応が一変したという。

「陽性が出てからは、保健所から1日1、2回、容体を聞かれる電話が入ります。ニュースが流れたあとの週明けの27日の連絡の際、急に『宿泊施設が空き次第、ご案内しますがどうしますか』と言ってきたのです。正直言って、カチンときましたね。死亡例が出たとか、方針が変わったとか何の説明もないんです。『いままではそっちが自宅も宿泊施設も変わらないと言っていたじゃないか』と言い返しましたが、担当者からは、はぐらかされるだけでした」

 もっとも別府さんの場合、すでに陽性が出てから2週間以上が経過した段階である。咳もおさまりつつあった。完治を目前にして、いまさら隔離施設に入るのも悩ましいところだ。

「結局、ホテルに移る話は立ち消えになりました。そのかわり、先に病院に行って病状を
診てもらってくるように言われました。それで肺炎が治っていると判断されたら、PCRの再検査になる予定です。検査にはぶれがあるようで、一度の陰性結果だけではダメと言われています。日をおいて再検査し、続けて陰性が出たら合格。晴れて隔離生活から“卒業”となります」

 結局、別府さんが飲んだのは、病院から処方された咳止めのみだ。保健所からは、解熱剤は危険なのでの飲まない方がいい、と言われていたためである。入院もせず、咳止めだけでここまで回復したことは非常に幸運だったというべきか。

 最後に、1カ月の闘病生活をこう振り返った。

「いま、未曾有の事態が起きていることはわかっています。医療従事者の方々が自分を犠牲にして頑張ってくれているということも。保健所の人も、ろくに休みも取れず一生懸命やってくれているのでしょう。でも、重篤な肺炎なのに放置された恨みが消えることはありません。身勝手な憤りなのかもしれませんが、私は命の危機に瀕していたんです。助けて欲しいと、ずっと叫び続けていた。その声は聞こえていたはずなのに届かなかった。これは紛れもない事実なんです」

 病気になったら、病院に行って医者に診てもらう。別府さんの話から見えてくるのは、私たちがこれまで当たり前のように頼ってきた医療体制が崩れ始めているという現実ではないか。

週刊新潮WEB取材班

デイリー新潮

https://news.livedoor.com/article/detail/18215217/

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新型コロナウイルス「最前線の医師」が語った本音

 新型コロナウイルス関連の報道では、数多くの医師がメディアに登場して、自身の知見を述べている。しかし、最前線で感染者たちと接している医師の話をじっくりと聞く機会は意外と少ない。実際にはその患者を診たことがない「専門家」(中には医師ではない者もいる)のオピニオンのほうが多く流布されている。現場からの声として紹介される多くは、治療現場の苦境といったところに限定されているようにもある。

 そこで今回、ある総合病院で新型コロナウイルスを実際に診察し、また現場の統括もしているベテラン医師に匿名を条件で本音を語ってもらった。匿名にした理由は「特におかしなことを言ったつもりはありません。同じように考えている医師も多いと思います。でも、ただでさえ忙しいのに、病院あてに抗議などが来るとたまらないから勘弁してください」というものである。

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新型コロナウイルス「最前線の医師」が語った本音とは(※写真はイメージ)
――お勤めの病院はどんな感じですか?

 現状をお話しする前に、平時の病院、医療がどうだったかを少しご説明させてください。

 もともと日本は国民皆保険ですし、東京は医療へのアクセスが極めてイージーになっていました。中学生までは医療費ゼロですし、救急車を呼んでもお金は請求されません。欧米なら数万円は確実に取られます。それゆえ、子供を昼間病院に連れて来られないというだけの理由で、救急外来を夜間に普段使いするような親までいたのです。

 だからいつも病院が混雑していることが問題になっていました。一方で、開業医の先生を含めて医療機関側もそれで儲けていた、という面もあったことは否定できません。「どんどん来てください」とやって、医療費は国に負担してもらえばいいのですから。

 ただ、新型コロナウイルスの影響で、普段は安易に病院に来ていた方が減ったので、全体としての患者数は減っています。

 感染症や救急を担当していない病棟や医師はむしろ時間に余裕ができているようです。不要不急の手術も延期にしていますから。

 1、2月に比べて3月の病院全体の収入は3割減というところでしょうか。病床の稼働率も10%ほど下がっています。

 おそらくこれは開業医などでも同様でしょう。「売り上げ」が落ちて困っているところもあるだろうと思います。

 一方で、私たち新型コロナの担当医たちだけは忙しくなっています。

 うちの病院では新型コロナの診察を救急医が受け持つようにしています。その担当医らの仕事は、大雑把にいって1.5倍になっているという感じです。ただでさえ忙しかったところに、仕事が急増しました。

 私が若い頃は救急を専門とする医師は月15日くらい当直というのが当たり前でしたが、さすがに今はそうはいかないので、当直は月6~8日くらい。週休2日は確保できるようにして、休日出勤の際には代休も取るように、という方針でした。

 これがさっき言ったように仕事量が増えているため、「当分、代休は取れません」という感じになっていて、実感としてかなりキツい日々が続いているのは事実です。

 私自身は現場の診療の他に、病院全体の感染症対策等々の仕事が増えました。省力化できたことといえば、テレビ会議が増えたので結果として会議の時短などが進んだことでしょうか。

――新型コロナに関しては、膨大な情報量が発信されています。この状況をどう見ますか?

 SNSで誰もが発信できるようになったことで、不安をかきたてる情報が溢れすぎている、という印象はあります。

 また地上波のテレビ、ワイドショーがセンセーショナルに伝える傾向があるのは良くないと思っています。たしかに政府の言う通りのことを流すのでは政府広報になってしまうので、良いことだとは言えません。

 しかし、恐怖を煽って,今の対応が危険だと強調しすぎているように思います。

 現政権が嫌いなのかもしれませんが、それと医学の問題は別です。

 現在の政府方針、専門家委員会の方針は、専門的な知見のある人たちが議論して打ち出したものであり、相応の合理的な判断だと現場の医師から見ても思います。

 ですから煽られておかしな行動をとるのではなく、とにかく今の対策を守ってもらわないと,収束できるものもできなくなると思います.

 にわか専門家のコメントが全部間違っているとは言いませんが、大事なことをうまく伝えられていないと感じます。自称専門家はもちろん、芸能人の方などの不用意な発言でも、視聴者は扇動されます。

 外国の例を簡単に紹介するのも問題です。「海外ではこうだ」というのですが、それぞれの国によって医療レベル、保険制度、国民性、文化など異なる背景があります。だから安易に「あそこがいい」「ここがいい」という話ではありません。

「アフリカの〇〇ではこうだ」と言われても、その国は常に様々な感染症の脅威が存在する国かもしれません。その国の政策を参考にする、といっても無理があるのではないでしょうか。

――「何もしないと42万人が死ぬ」というシミュレーションも恐怖を煽っていたのではないでしょうか?

 あれはあくまでも「何も対策を講じなければ」という前提で、最悪の事態を示したのですから、「ステイホーム」を訴えるという点では良いのではないでしょうか。

「エアロゾル」感染といった言葉が独り歩きしたせいで、ちょっと勘違いがあるように思うのですが、基本的には空気感染ではなく接触・飛沫感染です。だからちょっと話をした程度であれば、問題はない。

 空気感染だと思うと「じゃあ空気がいいところなら大丈夫」という勘違いが生まれます。ここが心配です。

 たとえば「空気がいい」ゴルフ場に行く、公園でジョギングをする、というのは問題ないように思っている方もいるでしょう。

 たしかにゴルフ場でプレーするだけなら感染はしないでしょう。しかし、その前後に外食をしないでしょうか。ジョギングの最中に無意識にガードレールを触って、その手で顔を触り……となっていないでしょうか。

 そういうリスクがあるからこそ、「ステイホーム」と呼び掛けているわけです。あくまでも個人的な、そしていささか楽観的な見方ですが、きちんと自粛をしていれば、あと1、2カ月のうちには良い状態が来るのではないか、と思っています。

――そうした報道に煽られて、検査や診察を求める患者さんが殺到していて、かえって病院が困っているとも聞きますが、どうなんでしょう? 

 確かに、必要とは思えない患者さんが検査を求めてくる事例はあります。直接こちらの病院には来なくても、かかりつけ医から紹介状をもらってきて、検査を求めるケースです。そういう人の中で検査を断られた人が、SNSやテレビで「検査も受けられない」と主張することもあるのでしょう。

 ただ、この間、数多くの新型コロナウイルス感染者を診てきた者として言えるのは、「この人は陽性だな」と思う人は検査に回さなくても、ほぼわかる、ということです。あくまでもその診断を確定させるために回すのです。病歴を聞き、問診をして、CTを撮り……といった診察の過程でかなりの確率でわかります。

 ところが、そうした経験のないお医者さんが、患者さんに強く言われたとか、あるいは患者さんサービスの一環で検査を求めるとどうなるか。結果として、本当に早く確定して欲しい人の検査スピードが遅くなります。

 これが問題です。

――テレビに出ている「専門家」の強い主張の一つが、「とにかくPCR検査を増やすべき」というものでした。これはどうなのでしょう? 

 これは絶対に間違いです。少しでも専門知識がある人は、全くこれを望んでいません。

 他国と日本が違うのはこの点で,本当に医師が疑った例にのみ検査をやっている点で感染の広がりをコントロールできていることは確実です。

 とはいえ確かに検査のスピードは遅かったから、そこは今改善を進めています。

 ただし、誰彼構わず検査をオーダーできるような状況を作らなかったことは100%正しかったと考えています。

 日本のように国民皆保険の国で、なおかつ感染症に詳しくない町のクリニックのようなところまでもが、自由にPCR検査をできるような環境を作っていたら、間違いなく院内感染が多発していたでしょう。おそらくニューヨークやイタリアの比でない状況になったと思います。

「かかりつけ医」に相談することは否定しません。しかし、そこに多くの人が押し寄せたら結局クラスターを発生させかねません。そういう状況を作らなかった点では、当初、検査を絞ったことは決して批判されるようなことではないのです。

 現在報告されている院内感染にしても、慣れてない人が普段使わないような感染防御具を適切でない使用をしたがために他の人や患者に感染させる例があとを絶ちません。

 ドライブスルーでのPCR検査を増やせ、という意見についても、乱暴に思います。病院外での検査体制は進めたほうがいいでしょうが、やり方を間違えるとかえって感染者を増やすことにもなりかねません。

 別の観点から補足させてください。

 毎年のインフルエンザの流行の仕組みをご存じでしょうか。

 PCR検査が注目されることで「偽陽性」「偽陰性」といった言葉もよく目にされるようになったと思います。前者は「本当は陰性なのに陽性と出ること」で後者は「本当は陽性なのに陰性と出ること」ですね。

 実はインフルエンザの検査でも「偽陽性」「偽陰性」は一定の確率で発生します。日本では「インフルエンザかな?」となったらまず病院に行って、検査をしてもらって、タミフルを飲んで、ということが当たり前に思われている方が多いかと思います。

 でも実は、こんなことをしている国はそんなに多くありません。一つには先ほどから言っているように、医療費が高い国では、そのたびに大変な料金が発生するので、いちいち検査しない、という人が多いのです。また、
タミフルは病気を治す薬というよりは、よくなるまでの期間を短くする(7日が5日半になる)という性質のものです。

 アメリカならば、この検査とタミフルだけで下手をすると500ドルはかかるでしょう。だから多くの人は「家で寝て回復を待つ」のです。私もそうしています。

 ところが日本は医療費が安いことに加えて、「休むなら証明書を出せ」という習わしが学校や企業にあるので、こぞって病院に来て検査を求めるわけです。

 問題は、インフルエンザの簡易キットの感度は7割から8割なので、2~3割の人は本当は陽性なのに「陰性」という結果になります。

 その人たちは、病院のお墨付きをもらったということで、自由に動き回りますから、コミュニティの中で感染を広げます。実は、これが毎年のインフルエンザの流行の大きな原因なのです。今回のことを教訓に、「インフルの証明書がないと休めない」といったおかしな慣習はなくしてほしいものです。何にせよ具合の悪い人は休むべきです。結果としてそのほうが学校や職場のためにもなります。

 そして、今年、インフルエンザがあまり流行していないのは、多くの人が手洗い、うがいをして、なおかつちょっとでも具合が悪ければ、自ら行動を抑えるようにしたからです。その結果、「実はインフル」の人が感染を広めなかったわけです。

 話をPCR検査に戻せば、検査の無闇な拡充に反対している人たちが怖れているのは、インフル同様に、「お墨付きを得た、でも本当は陽性です」という人が感染を広めることにつながりかねないからです。

 よく韓国やイタリアのほうが日本よりも検査数が多い、といって日本を批判する人がいるのですが、これは話がまったく逆です。韓国やイタリアは最初に検査数を増やし過ぎたために、感染を広めてしまったのです。

「医療資源が無限にあり」「偽陽性の人でも全員どこかにちゃんと収容できて」「(偽)陰性の人が行動を慎んで他人にうつさないようにする」という前提がすべてそろっていれば、検査数をどんどん増やすのもいいでしょう。

 しかし、そもそも検査はそんなに簡単なものではありません。検査というのは少なくとも検体を取る人と、検体を検査する人の両者がいてはじめて検査ができるのです。仮に医師会の先生たちが頑張って検体をたくさん出しても、検査する人が増えなければ結果が出るのがより遅くなってしまいます。本当に必要な検査が滞るのです。

 もしも「やる気になればできる」と言い張る方がいるのなら、ぜひそういう人材がどこにまだ眠っているのかを教えていただきたいものです。

 検査の技術の習得は一朝一夕にはできません。だから長期的な観点では、もっと日本はこういう検査もスピーディにできるようになればいい、と言われれば「その通りです」と答えます。

 しかし、今まさに感染爆発を防ごうとしている時期に実現不可能なことを言っても仕方がありません。

 テレビに出ている中でも、自称「専門家」ではなくて、本物の専門家の先生方もいらっしゃいます。そうした方に、「日本のPCR検査数は少ないのでは」とか「より検査体制を充実させられるといいのでは」と問えば、「そうですね」と答えるでしょう。それ以外の答えをしようがありません。

 しかし、それで「それみろ、やっぱりPCR検査が足りないんだ」と言い張るのはやめてください。

 繰り返しますが、現場で本当にこの病気を診ている医者で、もっと検査数を増やせ、などと言っている人はいないはずです。

――ではなぜお医者さんの中で「PCR検査を増やせ」という声が根強いのでしょうか?

 例年、この時期はインフルエンザの患者さんで病院、特に開業医さんは混み合うのです。経営のことを考えると患者さんがたくさん来るのは悪いことではないと考える先生もいるでしょう。今年はインフルエンザ自体が流行していませんし、万が一新型コロナウィルスに感染している患者に検査をすれば、感染のリスクがあるためほとんど行われていません。現在、新型コロナの診察はあまりやっていないでしょうが、一部の人にとっては「検査は怖いから検査センターにお願いするとして、診察は引き受けたい」といったモチベーションがあるかもしれません。

 そういう人にとっては、かりに「PCR検査センター」のようなものが出来れば、都合が良いかも……というのは穿った見方でしょうか。

――「WHO」の関係者と名乗る方、ノーベル賞受賞者の方もPCR検査を増やすように主張していますが。

 海外にいて、どのくらい日本の事情をご存じなのかわかりません。また、たとえノーベル賞を受賞された素晴らしい先生方であっても、必ずしも感染症やこの病気の専門家ではないので、仰ることがすべて正しいとはいえないと思っています。

 医学はそれぞれの科や専攻の専門性が高い分野なので、たとえノーベル賞受賞者であっても、専門外のことには確証を持って発言していないのではと感じることもあります。

 なお、「検査、検査、検査」というWHOの事務局長の発言もいまだに曲解されている方がいます。あれはあくまでも発展途上国などで検査を軽視している国に対してのメッセージであって、日本などを念頭に置いているわけではありません。

――ただ、検査をまったくしないと不安だという気持ちもよくわかります。「37.5度が4日間続くまで様子を見る」と言われても、その間に急激に悪化したら……と不安になるのでは。

 気持ちはよくわかるのですが、熱だけが兆候とは限りませんし、本当に具合が悪くなったら救急車を呼ぶほうがいいと思います。新型コロナ以外でも、いろいろな病気がありえるのですから、本当に具合が悪い時はそうするべきでしょう。

 また、これからは「陽性だけれども症状がない」という方はホテルなどに入ることになりました。このメリットは単に隔離されるというだけではなくて、そこには医療スタッフが必ずいるということです。症状が悪化した場合には、そのスタッフが対応します。

 このところ脚光を浴びているのが血中酸素濃度を測って患者さんの状態を観察するというやり方です。入院患者や経過観察の対象の方の濃度をチェックするのは意味があるでしょう。ちなみに、その際に用いるパルスオキシメーターを発明した青柳卓雄さんが、先月亡くなられました。コロナの報道に紛れてしまい、あまり大きくニュースでは扱われませんでしたが、世界に誇るべき日本発の医療技術であることは知っておいていただきたいと思います。

――死者数や感染者数を見るとインフルエンザと大差ない、いやインフルのほうが深刻だ、といった意見についてはどうお考えですか。 

 たしかにウイルス自体の病原性や感染力は同等だと思います。空気感染はしないので、結核と比べると感染力は弱いともいえます。

 ただ、高齢者や合併症のある人への進行度合いは半端ではありません。日本は医療レベルが高いので、余り若年者は死んでいませんし、今後もそうでしょうが、感染した高齢者の一定数は救いようがないままに亡くなります。

 実際に診察しての実感を一言でいえば、「この病気はヤバい」です。

 多くのウイルス性肺炎は、自身の持つ免疫力で打ち克つことができます。

 新型コロナウイルスは、若い人と比べて高齢者が重症化しやすいことはよく知られていますが、では両者の違いは何か、といえば免疫力になります。肺炎が重症化しても、踏ん張っているうちに回復に向かえる。だからICUやECMOで治療をして、「もうちょっと頑張れる」ようにするのです。しかし、その間にダメージを回復できなければ最悪の場合、亡くなることになります。

 少なくとも私の病院では、例年、インフルで亡くなる人はまずいません。それまでにちゃんと治療をして、回復してもらっているからです。しかし今回は、すでに何人もの方が亡くなっています。だから「ヤバい」と感じるのです。

――世界的に見た場合、日本は死者数、重症者数が少ないのはなぜでしょうか。これを政府の陰謀のように言う方もいますが。

 実際に少ないと思います。それはいろんな理由が考えられるでしょう。

 まず衛生観念が高い、といったことがよく指摘されます。清潔な水が近くにある、靴を履いたまま家に上がらない、とか。そういうこともあるかもしれません。

 また、繰り返しお話ししているように、医療レベルの高さ、アクセスのしやすさは大きいと思います。

 多数の死者を出したアメリカでは、救急車を呼ぶのにも、病院にかかるのにもかなりのお金がかかります。そうすると、具合が悪くても病院に行かない、行けないといった人は一定数出てしまいます。今回亡くなった多くの人が貧困層だというのはそういうことでしょう。「日本でもタライ回しがあるじゃないか」と言われるかもしれません。確かにそういう問題は解消されていません。

 しかし、たとえば東京都では救急医療について「東京ルール」というものを10年前に定めています。「5つの病院に断られた」「30分以上搬送先が見つからない」といった場合には、東京都が定めた地域救急センターに搬送する、というルールです。他の自治体でも様々な取り組みが進められていると聞きます。「日本はダメだ」と言うのは自由ですが、他の国と比べて決して引けを取るようなシステムにはなっていないと思っています。

「BCGが有効」という説も聞きますが、これはまだよくわかりません。そういうこともわかればいいとは思いますが、少なくともそれは現場の私たちが判断できることではないのです。

 なお、「検査数が少ないから死亡者が目に見えていないだけ」といった主張は完全に陰謀論の類です。たとえば別の肺炎死だとか、謎の死者が急に激増しているというのであれば、そういう仮説も立てられるのでしょうが、そんなことはまったく起きていません。

――最前線にいる立場で、メディアや一般の人に言いたいことなどはなんですか。必要な支援はありますか?

 私たち医療従事者はいま別にお金が欲しくて働いているわけではなく、使命感で働いています。

 相当なストレスを抱えながら、普段以上に働いています。実際の担当ではない医師や看護師にも大きな影響を与えています。

 たとえば、陽性だけれども症状がない、といった患者さんを専門外の個室に入れることがあります。するとそこの看護師さんは慣れないながらも感染者の面倒を見て、しかもそれが他の患者さんにうつらないようにしなければならない。普段とはまったく異なるプレッシャーがかかっていて、精神的に追い詰められている関係者は数多くいます。

 私も今は家に帰れる日は限られていて、あとは病院が用意したホテルに宿泊するようにしています。

 また、精神的に追い詰められた職員らのための対策も考えなくてはならない状況です。最初に病院全体の患者数は減ったとは言いましたが、対応をしている病院のスタッフは本当に大変なのです。

 最近は家庭内感染が増えてきましたが、最初の頃は「夜のお店」近辺の感染者が非常に多くいました。

 そんな状況下で、テレビのニュースを見ると「自粛で大変。補償してほしい」といった「夜のお店」の声を紹介しています。もちろん当事者の方々が大変なこと、そういう感情を持つことは理解できます。でも、毎日ギリギリのところでやっている身からすれば「いま補償の話なの?」という違和感を抱いてしまったのも正直なところです。「これから大変な戦いが予想されるのに、もうお金の話? それもごく一部の業界の? 議論の優先順位がおかしいのでは」と感じました。

 どうか私たち現場の人間が日々、頑張っていることをご理解ください。そうしたお気持ちを持つ方が多いことは励みになります。医療従事者へのエールは素直にうれしく思います。

 そして、早くこのような状況を終わらせるためにも、とにかく皆さんは感染しないように、感染を広げないようにふるまっていただきたい。これは強く訴えたいことです。

 接触・飛沫感染に注意せよと言われても、具体的に何が大丈夫で何がダメか、わかりにくいことと思います。実際にその細かい線引きはできません。だからこそ「極力人との接触を避ける」「極力外出しない」という大きな方針を打ち出しているのです。それを守ったうえで、洗いを丁寧にマメに行ってください。

 また、特にメディアの方にお願いしたいのは、善意や問題意識からなのでしょうが、常に「国(厚労省)や都のやっていることは間違いだ」といった論調の報道は考えていただきたいところです。

 先ほども申し上げたように、日本のこれまでの対応は決して間違っていません。死者数を見れば明らかです。「世界が疑問視している」といった報道ばかりが目立ちますが、海外では日本を評価する報道も出ています。単にそれがあまり紹介されていないだけです。

 死者数が少ないことをもっとポジティヴに捉える論調が増えてもいいのではないでしょうか。

 私たちは国や都の定めた方針の中で動いており、それに背くことはありません。しかし、国も都も、いろいろと考えたうえで方針を打ち出しています。その決定過程には私たちも関与しています。

 明らかに間違った方針が出れば、私たちも声をあげます。そういう判断ができないほど現場の医師たちは馬鹿ではないのです。

デイリー新潮編集部

2020年5月2日 掲載

デイリー新潮

https://news.livedoor.com/article/detail/18205971/

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「花見」はいつから「宴会」になったのか 自粛ムードの今年、楽しみ方は?

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例年は花見ムードが高まるが…

(オトナンサー)

 東京で3月14日に桜(ソメイヨシノ)の開花が宣言され、例年なら花見ムードが盛り上がる時季ですが、今年は新型コロナウイルスの影響で様相が一変しています。感染拡大を避けるため、各地で花見の自粛が呼びかけられたり、「桜まつり」などのイベントが中止になったりしているためです。

 そんな中、愛媛県が「花見の一斉自粛は求めない」という方針を示しつつ、「多人数での開催やオードブル形式での会食は避ける」などと呼び掛ける看板を公園に設置した、との報道がありました。「花見」と「宴会」を区別するものですが、「花見=宴会」と考える人からは残念がる声も聞こえてきそうです。

 そもそも、花見はいつから「宴会」になったのでしょうか。和文化研究家で日本礼法教授の齊木由香さんに聞きました。

当初は「梅の花見」、貴族が歌を詠む会
Q.花見はいつごろ、どういう人たちの間で始まったのでしょうか。

齊木さん「花見は、日本人が古来楽しみにしてきた春の行事です。花見の根底となる風習は、奈良時代に形づくられたといわれています。この頃、貴族の間では『歌を詠む』ことが優雅な風習として行われていました。

また、当時の日本は、遣唐使を介した中国との交易を盛んに行っていました。中国文化や物品も多く日本に伝わり、その中に梅の花がありました。香り立つ梅の花は貴族の間で珍重され、梅の花を見ながら歌を詠む会を開いたことが、花見の始まりといわれています」

Q.花見は最初から宴会だったのでしょうか。それとも、物静かに花を楽しむものだったのでしょうか。

https://news.goo.ne.jp/article/oton
answer/life/otonanswer-61952.html

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